シン加藤のコラム(理事長やってます)

シン加藤のコラム 通算第240号  時間と空間は操れないからこそ尊い

2026.05.22

少なくとも、今現在、タイムマシンは実在しません(ボクの知る限りですけど)。

少なくとも、今現在、どこでもドアも実在しません(ボクの知る限りですけど)。

 

ということは、人類は、時間を自由に行ったりきたりできないし、あちこちに瞬間移動することもできない、つまり、時間と空間を操ることはできないということになります。

 

しかし、時間と空間を自在に操ることは人類が思い描く夢のひとつで、時間旅行に関する小説や映画はたくさんあるし(バック・トゥ・ザ・フューチャーもそのひとつ)、テレポーテーションとか瞬間移動とかいう言葉も映画等々でよく出てきます(スタートレックでは転送装置と言っていた)。

 

せっかくの機会なので(何がせっかくなのかは意味不明ですが)、タイムマシンやテレポーテーションが実現したら、ボクはどうするのかを空想してみます。

 

その1 タイムマシンが実現したら

結論から言うと、ボクは使わないですね。過去に行くか未来に行くか、どっちもいやです。過去に行ったって過去を変えるわけにもいかないし、未来がわかってしまったら人生つまらない。だからボクは使いません。でも、歴史上の謎を解き明かそうとする使い方はあるのかも。歴史好きにはたまらん発明になるでしょうけれど、占い業の方々には商売をじゃまする発明になります。

 

その2 テレポーテーションが実現したら

これはきっと使うだろうなとは思いますけど、旅行という概念が世の中から消えるということですよね。目的地に着くまでのワクワク感自体が人類の感情からなくなるということでしょ。それでいいのかな。せめて、旅行においては行きだけはテレポーテーション禁止法令を作ってほしい。世の中的には、通勤が自由自在になるのは便利かも。どこに住んでいても通勤できますからね。ただ、便利になりすぎると人間は堕落しますから、年間使用回数は上限10回までとか決めて、いつ使おうかを悩む幸せを感じたほうがいいです。日常会話の中に「オレ、この前終電のがして、一回テレポーテーション無駄遣いしちゃったよ」とか「行列必死のラーメン屋に行列ができる前にテレポーテーションで行ったら、定休日でさ」みたいなやり取りが出てくることでしょう。

 

何の意味もない空想物語でしたが、時間と空間を操ることは空想だからおもしろいし、そこを操れないからこそ、今ここに自分が存在していることを大事にしないといけませんということでございます。

 

 

 

社会福祉法人はるにれの里 理事長  加藤 潔

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